KENSYO>歌舞伎インタビュー バックナンバー
市川 猿之助『御贔屓繋馬』の大喜利所作事『蜘蛛の絲宿直噺』(2021年7月歌舞伎座)©︎松竹 『御贔屓繋馬』の大喜利所作事『蜘蛛の絲宿直噺』(2021年7月歌舞伎座)©︎松竹

KENSYO vol.128
四代目 市川 猿之助
Ichikawa  Ennosuke



市川 猿之助(いちかわ えんのすけ)
父は四代目市川段四郎。伯父には三代目市川猿之助(現・市川猿翁)。祖母には女優・高杉早苗。九代目市川中車は従兄弟にあたる。慶應義塾大学文学部国文科卒業。1980年7月歌舞伎座「義経千本桜」の安徳帝役で初御目見得。1983年7月歌舞伎座「御目見得太功記」で、二代目市川亀治郎を名乗り初舞台。2012年6・7月新橋演舞場「二代目猿翁 四代目猿之助 九代目中車 襲名披露公演」において、四代目市川猿之助を襲名。
立役から女形まで幅広く活躍。確かな実力で、最も目が離せない若手花形歌舞伎役者の一人である。また活動の場は歌舞伎だけでなく、舞台・映画・テレビ等多くの作品に出演、八面六臂の活躍をみせている。



猿之助の進化はまだまだ止まらない
亀岡典子(産経新聞 大阪文化部編集委員)

 舞台に出てくると客席の期待感が高まる。立役から女形、古典歌舞伎から新作歌舞伎、どんな役でも掘り下げ、深め、工夫し、観客の目を引き付ける。そこにはきっと、澤瀉屋(※瀉はわかんむり)のDNAに伝わる革命的精神が生きているのであろう。
 コロナ禍に日本中が苦しんだこの三年間も猿之助はさまざまな媒体で動き続けた。劇場から離れがちになっていく観客を、舞台芸術の力で食い止め、呼び戻し、改めて、舞台でしか表現できない魅力、エンターテインメントの喜びを伝え続けたのである。
 たとえば、古典歌舞伎では、伯父、三代目市川猿之助(現・市川猿翁)が作り上げた「加賀見山再岩藤(かがみやま ごにちのいわふじ)」や「伊達の十役」をいまの時代に即した形で上演。同じく、三代猿之助のスーパー歌舞伎「新・三国志」も再創造してみせた。昨年は十三代目市川團十郎白猿の襲名披露演目「勧進帳」で義経を見事に演じ、新・團十郎や富樫を演じた松本幸四郎らとともに、現在の歌舞伎界の第一線にいる役者特有の輝きを放ったのである。
 テレビドラマでも多彩な役どころで人々を驚かせている。昨年話題を呼んだNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で、偽のしゃれこうべを持つ文覚上人を破壊力たっぷりに表現したかと思えば、お笑い芸人をめざす人たちの悲喜こもごもを描いた「最初はパー」(テレビ朝日系)では、元ヤクザの漫才師志望の男の哀歓を演じてドラマを盛り上げた。歌舞伎の女形からは想像できない演技に、この人の多才さ、異能ぶりを見せつけられたものである。
 幼い頃、「歌舞伎界のアンファンテリブル(恐るべき子供)」と呼ばれるほどの才気煥発ぶりで周囲の大人を驚かせた。大学時代、上方歌舞伎「河庄」の小春に挑み、指導した坂田藤十郎がその勉強ぶりや勘のよさに舌を巻いたという。
 転機のひとつは平成十四年、自主公演「亀治郎の会」をスタートさせたことであろう。第一回公演「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」でヒロインの玉手御前を演じるにあたり、過去の映像や台本、型の資料を集めて検討、上演台本を自ら作り、演出までやってのけたのである。
 そのカーテンコールのあいさつ。「私は他人と同じことをするのが大嫌い」と、ユーモアまじりに語っていたが、それこそ彼のものづくりの姿勢の一つでもあるのではないだろうか。
 二十代後半の数年間、尊敬する伯父のもとを離れ、あえて武者修行に出たことも、演技や役柄の幅を広げ、さまざまな人脈を築く貴重な時間になったのではないか。
 かつて取材した際、「歌舞伎はいずれあらゆる垣根を超えなくてはならない」ときっぱり語っていたことを思い出す。歌舞伎を客観的に見る、世阿弥のいう「離見の見」を持ち得たことは、役者として、人間としての器を一回りも二回りも大きくしたに違いない。
 伯父が作り上げたスーパー歌舞伎の精神を継承し、スーパー歌舞伎2として、自身のセンスで「空ヲ刻ム者」「ワンピース」を創造、大ヒットにつなげたことも記憶に新しい。そのなかで猿之助は若手の思い切った抜擢を行い、コロナ禍で舞台に立つ機会の減った俳優仲間のためにユニット「猿之助と愉快な仲間たち」を結成、積極的に舞台公演を行っている。
 すべては歌舞伎のために─。一見、クールに見えるが、彼の血の中には歌舞伎の熱い魂が流れているのであろう。
 今年五月、東京の明治座で、明治座創業百五十周年記念として「市川猿之助奮闘歌舞伎公演」が行われる。昼の部は歌舞伎スペクタクル「不死鳥よ 波濤を越えて─平家物語異聞─」。昭和五十四年に三代猿之助主演で初演された作品の四十四年ぶりの再演。壇ノ浦で死んだとされる平知盛が幻の都ローランに落ち延びて─という展開で猿之助の宙乗りも見どころ。
 夜の部は三代猿之助四十八撰の内「御贔屓繋馬」。昭和五十九年に明治座で初演された作品で、所作事では、猿之助が女童、小姓、番頭新造、太鼓持、傾城、土蜘蛛の精の六役を早替りで踊り分ける趣向も楽しみだ。
 猿之助の進化はまだまだ止まらない。




ページTOPへ
HOME


Copyright(C)  SECTOR88 All Right Reserved. 内容を無断転用することは、著作権法上禁じられています。
セクターエイティエイト サイトマップ