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能 狂言インタビュー バックナンバー
KENSYO vol.137
杉 信太朗
SHINTARO SUGI
杉 信太朗
(すぎ しんたろう)
森田流笛方。 1986年生まれ。 京都府出身。
杉市和の長男、父に師事。 1998年舞囃子「胡蝶」にて初舞台。
以後、「石橋」「翁」「道成寺」「関寺小町」等を披く。
2017年より自主公演「杉信の会」を主催、地謡に至るまで出演者にこだわった公演は毎年好評を博し今年第7回を迎える。
京都・東京を中心に活躍。 令和6年度京都市芸術新人賞を受賞。
守るところは守り、攻めるところは攻めていきたい
能楽堂の空気を切り裂くような能管の音色。 聴く人の心を揺さぶり、魂に直接響いてくるかに思える。
「能管は、能の音楽をつかさどる四つの楽器のなかで唯一メロディーを奏でます。 自分の吹いた音色がその曲のイメージにつながり、自分の気持ちや解釈を笛の音色に託して表現することができます。 そこにおもしろさがありますね」。
端正なマスク。 能楽堂で笛を吹いている姿は一見クールだが、能に対する情熱が笛への思いを語る言葉からにじみ出る。
生まれ育ったのは京都だが、東京にも住まいがあり、ひと月に何度も東西を行き来する。インタビュー取材の日も東京から京都に帰ってきたところ。 ただいま三十九歳。 脂の乗っている笛方は、いまや東西どころか、全国を飛び回る多忙な日々だ。
東京にも拠点を持ったのは、東京芸術大学別科で能楽を専攻していたときから。 「卒業後より住み始めたマンションをそのまま東京の住まいとしています。東京の公演も多いのでちょうどいい」と快活に笑う。
「もちろん京都には京都のよさがあり、京都らしい芸風というのもとても貴重で、私自身、京都の街も大好きです。 それとは別に、京都ではあまりご一緒できないお流儀の方々と東京では共演させていただく機会が多くあります。 東西のお舞台を勤めさせていただくことで、『ああ、こうくるのか』と、東京で刺激を受けたり、京都で培ったものを東京で披露してみたり。 それが自分にとって勉強になっています」。
父は京都を本拠にする笛方森田流のベテラン、杉市和。 父の教えは「強く、強く。 強くて芯のある笛を吹きなさい」だった。 だが、笛に関しては小学六年生の初舞台まではそれほど厳しくなかった。 「ところが初舞台以降、養成会に入会してからは課題曲が次から次へと与えられることもあり、次第に稽古も厳しくなってきました。 でも自分は負けず嫌いなので、父に怒られても『次の稽古までに絶対覚えてきてやる』と心に誓って稽古に励んでいました」。
そんな若き日、忘れられない舞台がある。 十代最後の日、京都観世会館で、人間国宝、梅若実桜雪がシテを勤めた「恋重荷(こいのおもに)」に出演した。 ワキも同じく人間国宝の宝生閑(一九三四〜二〇一六年)。信太朗にとってこの曲は初役だった。しかも申し合わせもなかった。
「圧倒されました。緊張もすごかったです。シテの桜雪先生の迫力、閑先生の名乗り笛での緊張感。 前シテの老人が亡くなる場面では、笛は最初、静かに入っていくのですが、亡くなるところで盛り上げなければならない。 一対一の稽古で体験するのとはまったく違ったことが本番では起きます。 でもそこで、能の深さ、凄みを再認識し、笛のおもしろさと怖さもわかってきたように思います」。
憧れているのは、流儀は違うが、藤田流十一世宗家、藤田六郎兵衛(一九五三〜二〇一八年)。 「先生の一曲に対する笛の世界観に魅了されました」という。 一昨年、三老女のひとつといわれる「関寺小町(せきでらこまち)」を披いたときも、 家にあった音源の笛が六郎兵衛だったこともあり、その音色を聴いて臨んだ。 「流儀は違っても、調べをどういう風に持っていくかなど、根本的なところは同じだと思います」。
二〇一七年から継続しているのが自主公演「杉信の会」。 今年も七月十九日、東京都渋谷区のセルリアンタワー能楽堂で第七回公演を開催する。
「お客さまにワクワクするような楽しんでもらう舞台を作りたい。 六郎兵衛先生が主宰しておられた『萬歳楽座』を目指して始めたので、なるべく、わかりやすい演目を選んで、能に親しんでいただけるよう、 さまざまに演出や工夫をこらしています」とのこと。
実は第一回公演の際、「石橋 大獅子(しゃっきょう おおじし)」を企画した。 ところが主催者として舞台以外のさまざまな用事に出番直前まで忙殺され、「いざ舞台に出ていくときには疲れ過ぎて大変でした。 日頃、会を主催されるシテ方の方々がどれほど大変かがわかりましたし、興行を行う上でいろいろ勉強になりました」。
第一回から五回までは観世流のシテ方を迎えたが、第六回は宝生流の家元、宝生和英。 そして今回は、喜多流の狩野了一とワキ方に宝生欣哉を迎え、特にワキ方の重い習い物という「張良(ちょうりょう)」を上演する。
「喜多流では後シテの黄石公(こうせきこう)が実際に沓(くつ)を履いて出る演出があるそうです。 今回、どういう演出にされるかわかりませんが、見ていただいておもしろい舞台をと思って『張良』をお願いしました」。
狂言は和泉流にのみ伝わる「茶子味梅(ちゃさんばい)」(野村万之丞)、仕舞は「天鼓(てんこ)」(友枝昭世)、 一調一管は「邯鄲(かんたん)」(謡・香川靖嗣、笛・杉市和、太鼓・前川光範)と、中国をテーマにした曲を並べたのも自主公演ならでは。 これまでも京都のシテ方にゲストに来てもらったり、あえて家が違う組み合わせを考えたりと、ここでしか見ることのできない公演を企画してきた。
「純粋に能の音楽を堪能していただきたいという思いもあります。 楽器同士のバトルというか、ぶつかり合いが楽しいところもあるのですが、調和も大切。 ジャズのセッションのような感覚でしょうか。 お相手がどんな手でくるのか、怖い半面、おもしろい。 公演を主催するのは大変ですが、終わるともう来年はどうしようかなと考えている。 これからも続けていきたいですね」。
趣味は意外なことにアイドルの推し活。 いまは日向坂46をはじめ、「坂道グループ」を中心にライブなどに参戦している。
「彼女らがいきいき歌って踊って楽しませてくれるのを見ると、自分も、よし、頑張ろうって力をもらえます」。 もう一つの意義は公演の演出のヒントになること。 自分でアナウンスをし、アンコールの際には「杉信って呼んでください」と客席にアピール、 撮影タイムを設けるなど、これまでの能の公演ではあまり見られなかった演出を積極的に行っている。
「守るところは守り、攻めるところは攻めていきたい」。
明年、四十歳を迎える。
「京都や東京で私を育ててきてくださった方々に感謝し、恩返しではないけれども、 教わったものを今度は後輩たちに繋いでいくことも意識していきたいですね」。
インスタなどSNSも積極的に活用。 新しい時代の能楽界を担う美しい笛方である。
インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/後藤 鐵郎
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