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能 狂言インタビュー バックナンバー
KENSYO vol.142
辰巳 和磨
KAZUMA TATSUMI
辰巳和磨
(たつみ かずま)
1990年東京生まれ。
十九代宗家宝生英照、二十代宗家宝生和英に師事。
1995年「鞍馬天狗」花見にて初舞台。2014年「殺生石」初シテ。
その後、「翁」千歳、「石橋 連獅子」、「道成寺」を披演。
ニューヨーク、ローマ、バチカン市国、パリ、アルメニア、ジョージア、バンクーバー、ポーランド、アゼルバイジャンなど海外公演にも多数出演。
2019年放送 NHK総合「歴史秘話ヒストリア」『そして能は生まれた 世阿弥 時代を超える戦略』世阿弥役、「大河ドラマ 豊臣兄弟!(NHK)」などテレビ番組や海外ドラマ多数出演。
流儀の謡や型を大切に精進していきたい
七年ほど前になるだろうか。「歴史秘話ヒストリア」というNHKの番組を見ていたときのことだった。テーマは、室町時代の能の大成者、世阿弥の人生と功績を描いた「そして��能�≠ヘ生まれた 世阿弥 時代を超える戦略」。番組内で、世阿弥役を演じていた、ひとりの若者に目を奪われた。それが、シテ方宝生流の辰巳和磨さんだった。
世阿弥は絶世の美少年だったという。時の権力者、室町三代将軍、足利義満の後援で世阿弥の才能は大きく開花し、能を幽玄の芸術に大成していった。テレビで若き日の世阿弥を演じていた和磨さんは当時、二十代後半だっただろうが、世阿弥を演じるにふさわしい凛とした美貌であった。
「父(辰巳満次郎)は観阿弥の役でした。実際の父子で、観阿弥、世阿弥という父子役をさせていただき、ありがたかったですね」。当時のことを伺うと、ちょっと恥ずかしそうな表情を見せた。
シテ方宝生流の期待の星として、東西の舞台に出演。父、満次郎さんは大阪出身の実力派で、古典はもとより、シェークスピアの「マクベス」をもとにした新作能を創作するなど幅広く活躍。和磨さん本人は東京を拠点に、大阪でも、定期能「七宝会」などに出演。関西の同世代の能楽師とも親しく交流しているとうれしそうに語った。
「当初は、関西の方々の垣根のなさにびっくりしました。まだ話したこともないのに、同世代の能楽師の方々から、いきなり、『飲みに行こうや』と誘ってもらって、関西独特の押しの強さに驚きましたね。でもおかげでみなさんと仲良くなって、関西に行ったらよく飲みに行っています」。
話題は能のこと。「いまの思い、能の未来、舞台のことなど、いろんなことを話します。みんなと話していると、自分ももっと頑張ろうと思えてくるんです」。
今年はエポックになる舞台があった。七月に大曲「道成寺」を披いたのだ。道成寺に伝わる安珍・清姫伝説の後日譚ともいうべき内容で、道成寺の鐘供養の日に訪れた白拍子が舞ううち、すきを見て鐘の中に飛び入り─という内容。緊迫感のなかに、シテと小鼓の一騎討ちともいえる「乱拍子」、命がけの「鐘入り」など、一曲の中にさまざまな見どころがある大曲だ。
「昔から憧れの曲でしたから、喜びが大きかったですね。ひたすら楽しかった。終わってすぐ、またやりたい、と思ったほどでした。たくさん稽古をしたおかげか、緊張はあまりしませんでした。稽古は裏切らないって本当ですね」。
快活に語る表情の奥に強い精神が込められている。
終演後、父は一言、「無事でよかった」とだけ声をかけた。ただ、和磨さん本人は自身の舞台映像をまだ見ることができていない。「いずれきちんと見ます。でも、いろいろ思うことが出来てきそうで、ちょっと怖いかな。お酒を飲みながらでないと見れないかもしれませんね」。
宝生流は先々代の宗家、宝生英雄さんの時代から、東京藝術大学に進学し、さらに家元のもとに住み込んで内弟子修業をすることが慣例になった。和磨さんも、そのコースをたどったが、藝大時代、意識変革を迫られることが起こった。
和磨さんは能の家の生まれ。だが、同級生には、能とは無縁の一般家庭出身で、能楽師になりたいと入学してくる学生もいた。
「能楽師の家系の方は生まれたときから能の修業をするのが当たり前。そこから段々好きになっていく。ところが彼らは能が大好きで入ってくる。ですから、私たちが当たり前と思ってやっている能楽界の風習や考え方が、彼らの目から見ると、違うこともあって、ああ、そういう見方もあるんだなあといろいろ考えさせられました。同時に、自分がいかに恵まれているかもわかりました」。
卒業後、内弟子を七年間、経験したことも大きなターニングポイントになったという。内弟子になると、能面や装束の管理、定期公演の運営サポートをはじめ、炊事洗濯など、さまざまな仕事をしながら芸の修業を積んでいく。一番後輩は宗家と内弟子全員の食事も作る。
「私のときは内弟子が十三人いたので、お米を十三合といで、夕食の時間までに食費をやりくりして買い出しに行って料理を作るんです」。
なかなか大変そうだが、和磨さんによると、料理をはじめ内弟子生活で培った経験は能の舞台と重なる部分があったという。
「料理はチームで作るのですが、内弟子にはいろんな地方の出身者もいますし、経歴もさまざま。そういう人間たちが協力して、誰からも文句の出ないおいしい料理を作らねばならない。能の舞台もある意味、同じじゃないかなと思ったんです。全員で合わせる申し合わせ(本番前の稽古)は一日しかないので、それぞれが準備をして、稽古でも本番でも、ときに臨機応変に対処しなければならない。それで最高の舞台を作り上げる。一見、料理と能って、関係なさそうですが、いろんな学びがあることがわかりました」。
昨年はNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」、今年も同じく「豊臣兄弟!」に能楽師として出演。一昨年、エミー賞で史上最多十八部門を受賞し話題を呼んだドラマ「SHOGUN 将軍」にも能楽師役で参加するなど、その活動は多岐にわたる。
「それまで能の世界しか知らなかったので、同じ芸能でも、こんなスケールの大きな世界があるのかと驚きましたし勉強にもなりました」。
さまざまな経験が今後、さらに舞台を豊かにしていくのであろう。
九月二十七日には枚方市総合文化芸術センターに於て、関西唯一の宝生流定期能「七宝会公演」で、「草薙」のシテの日本武尊を勤める。宝生流にしかない曲で今回が初演。「日本武尊の強さや勇ましさを体現し、草薙の剣のいわれをしっかり語りたい」と抱負を。
「私は宝生流の能が大好きなんです。流儀としてもご宗家(宝生和英)を中心にすごくまとまっていると思いますし、『謡宝生』といわれるほど謡に重きをおき、難しい節が多いのですが、流儀の謡い方や型を大切に、次にきちんとつないでいけるよう精進していきたい」。
さわやかな眼差し、言葉の端々から��宝生流愛�≠ェにじみ出た。
インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/後藤 鐵郎
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