KENSYO>能狂言インタビュー バックナンバー



KENSYO vol.92
宝生流ワキ方 
森 常好
TSUNEYOSHI MORI


そこにいるだけで
何か伝わってくる。
そういう存在感のある
ワキ方になりたい。

森 常好(もり つねよし)
下掛宝生流ワキ方。1955年生まれ。父、森茂好(人間国宝)に師事。‘63年7歳の時「岩舟」のワキで初舞台。以来、「道成寺」「卒都婆小町」「張良」「谷行」「姨捨」など、ワキ方の重習曲を披演。世界各国の能公演にも参加。‘98年度芸術選奨文部大臣新人賞受賞。能楽伝承プロジェクト「花の会」主催。
 

声の良さと謡の上手さに定評のあったワキ方の名人、森茂好氏を父に持つ常好氏。父親譲りの美声を持ち味に、全国を飛び回る忙しいスケジュールの合間をぬって、お話を伺うことができた。

―初舞台は?
昭和38年、7歳の時。今の観世銕之丞さんの初舞台と同時で、『岩船(いわふね)』でした。初舞台の記憶はあまりないですが、父が謡を全部ひらがなにした謡本を作ってくれたのを覚えています。

―お父様にお稽古を?
はい。子どもの頃は怖い存在でした。中学生ぐらいから反抗期になって、16、17歳の時やめてしまおうと新宿でアルバイトを始めたんです。でも、どんな職業でもプロは自分のやることをパーフェクトに記憶しなきゃできないことに気がついて、じゃあ俺が一所懸命やって覚えられるものは何だろう?謡しかないって。

―その思いを確かにして稽古に励まれた?
やりたくなくてもやらないといけない状態には常にいましたので、舞台にはずっと出ていました。自分としては稽古に励んでいた意識はありませんが、舞台に追われる毎日で明日の謡を今日覚えなくてはいけない、切羽詰まった状態の連続。でも必死に稽古する姿が表に出るのは格好悪い。楽屋ではやっていないふりをしながら毎日夜中の3時まで謡を覚えた時もありました。今現在、150曲ほどを瞬時にできるようになった自分があるのは、20代に頑張ったおかげだと思います。

―思い出に残る方や舞台は?
友枝喜久夫先生と観世寿夫先生。今にして思えば名人と言われた人の舞台でワキ座に座っていると、足が痛いと思ったことはないです。すごいですね、シテの力って。友枝さんは『景清(かげきよ)』。観世寿夫さんは、先代の銕之亟さんが『朝長(ともなが)』のシテで、寿夫先生が地頭でした。あの謡のすごさはびっくりしました。

―能の中で好きな場面がありますか?
例えば『融(とおる)』。ワキの旅僧がシテの老人に「あれに見えたるは 音羽山候か」と問うところがあるでしょ。そしてだんだんと景色を見ていくのですが、あの場面で僕は思い出すんですよ。…月ってさ、歩いても歩いてもずっと くっついてくるのね。子どもの時に散歩しながら見上げた空。そして大人になって見上げても、あぁ、また同じ空だ、周りの建物や景色は変わったのに、いつも変わらない空の月…。融は陸奥の千賀の塩竃の景色が大好きだからと、六条河原院に持ってきた。しかし今は荒れ果てて山しか残っていない。それでも自分の心と月は一緒にいるという関係。良いシーンですね。月はロマンティックの象徴で、自分の思いが詰っていると思う。『姨捨(おばすて)』にしても、月を見て自分の中で時間が止まるんだよね。僕もそうなんです。

主人公であるシテの相手役を勤めるワキは、現実の世界を生きる人物を演じる。亡霊や草木の精、神、鬼といった役で登場したシテが、過去を回想して舞を舞う。多くは、ワキが弔い、まどろむ夜に起きる出来事である。

―ワキの魅力は?
ワキは基本的に始めに登場して、物語のプロローグを説明する役が多いです。 その中でいかに情景を作るか、それが最初の魅力です。ワキは絶対シテと同化しちゃいけないんですよ。ワキは現実の世界にいて、シテの世界に橋渡す役だから、同じ気分で謡っちゃいけない。シテの心の中の表現をワキがいかに引き出させるかというところに、ワキの大事な仕事があると思います。
宝生弥一さんや松本謙三さん、親父の姿を観て、ワキ座にいる存在感みたいなものを出せるワキになれなきゃだめなんだと思いました。謡を謡わず、居るだけで自然と出てくるオーラね。シテもそうです。真ん中に座っていた時に、面(おもて)から何かほわぁっとしたものが感じられた時、これが能の演技なんだな、と。動いている時は誰だって格好よくできるんですよ。でも、じっとしているときに、何か空気が流れる。これは映像じゃ表現できない。その場で観なきゃわからないです。
五七五の俳句や千利休の一輪挿しにしても、日本では小さいものから広げて伝えるようなところがありますよね。象徴的な芸術である能の舞台で、何も言わなくてもこの人がいるだけで何か伝わってくる、そういう存在感のあるワキ方になりたいです。

インタビュー・文/北見 真智子 撮影/八木橋 廣


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