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KENSYO
vol.75
太夫
竹本 住大夫
SUMITAYU
TAKEMOTO
このごろやっと、
『語らんと語っている』というのが
わかってきた様に思います
竹本住大夫(たけもと すみたゆう)
七世。1924年10月28日、大阪に生まれる。’46年4月、二世豊竹古靱大夫(のちの山城少掾)に入門、豊竹古住大夫を名乗る。同年8月、四ツ橋文楽座「勧進帳」の番卒で初舞台。
’60年1月、九世竹本文字大夫を襲名。’85年4月、住大夫を襲名。’89年5月、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。’02日芸芸術院会員、’05文化功労者。
’87年紫綬褒章、’94年勲四等旭日小綬賞叙勲、’98年恩賜賞及び日本芸術院賞など受賞多数。
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当代一の人形浄瑠璃文楽太夫。11月の大阪公演では近松門左衛門作「心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)」の切り場「北新地河庄(きたしんちかわしょう)の段」を語った。心中を誓いあった大坂天満(てんま)の紙屋治兵衛と曽根崎新地の遊女、小春の物語。「河庄」は、小春が治兵衛の兄、孫右衛門とは知らず侍客相手に心中をしたくないと話し、それをのぞき見していた治兵衛が、部屋に上がり込み小春と縁切りをするという一段。
治兵衛を桐竹勘十郎、小春を吉田簑助、孫右衛門を吉田玉女が遣い、治兵衛の妻、おさんから小春にあてた手紙を見た孫右衛門や、裏切られた恨みつらみを言いつのる治兵衛、所在なげに絶える小春、その語り分けは明確で、三人三様のせつない情が満ちていた。
「小春は上等(位の高い傾城(けいせい))すぎても色気を出し過ぎてもあきまへんし、なければいかんしむつかしいです。治兵衛の妻から手紙をもらい、愛想づかしをする陰にこもった女。寂しすぎてもいきまへん。声色と違うし、音(オン)曲で語り分ける。節に音(オン)あり、言葉に音(オン)ありで、それが備わってくれば役の人物になれます。複式呼吸で、息と腹力で語る。難しい。難しいけど、好きで入った世界。死ぬまで勉強、死んでからも勉強」と力説する。
若いころから「稽古(けいこ)熱心」で知られていた。朝、師匠や先輩のもとに稽古をつけてもらいに行き、ほかの人の稽古も見て学んでいた。
「自分が怒られているときは、どこがどう違うのかようわかりまへん。他人のを見てるとよう分かります。結局は基本を覚えて基本に忠実に素直にやることでんなあ。そう語ってたら、何か語りから出てくるものがあり聞いているお客さんがいろいろ感じてくれはると思いまんなぁ」
若いころ、父の先代竹本住大夫や三味線の二代目野沢喜左衛門師らから「全力投球で体当たりでやりと何度も言われたことも、忘れられない思い出です。」
人間国宝、文化功労者、芸術院会員、どれもだれでも選ばれるものではない。終戦後の1949年から14年間、意見の食い違いから技芸員が三和(みつわ)会と因(ちなみ)会との二派に分かれた。住大夫さんは三和会。東京と大阪の三越劇場を拠点に、全国各地を巡業して回った。
「位の上下なくみんな3等のどんこう、夜行での移動でしたな。僕ら日給でしたけど興行の入りの良し悪しで給料をもらわれへん時もありました。貧乏でしたな。けど舞台の役は、必要以上にええ役がつき、舞台の前後に稽古してもろいました。きつうおましたなぁ、ふらふらやけど稽古して。けど、そんなつらい目にあったから今日がある。怒られて怒られて今がある」
85歳。文楽史上、最高齢の現役大夫。「この年齢までやれるとは思わなかった」と、感慨もひとしおだが、まだまだ、住大夫さんの舞台を楽しみにしているファンは多い。80歳を過ぎてなお、浄瑠璃の面白さを実感させてくれる。
1月は「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の「御殿(ごてん)」を語る。お家騒動に巻き込まれた若殿・鶴千代を自分の息子の千松に毒味をさせながら守る乳母・政岡の見せ場だ。シーンと張りつめた空気がただよう中、鶴千代らを思いやる政岡の品のいい優しい声が印象に残る。
「僕の『御殿』は都会でやる御殿ではない。と、よう言うてましたけどね。住大夫になってから岐阜で頼まれてやって、それが評判がよくて大阪や東京でもやってくれと言われるようになりました。僕は悪声やから、これをやるとは思わなかった。けど、できませんとは言えない。悪声をどう、ええ声に聞かせるか、これも勉強。それがプロ」
「63年やってきて、このごろやっと、『語らんと語っている』というのがちょっとわかってきた」とも。いい意味で言われる「芸が枯れてきた」という境地に至っている。
「好きな義太夫はたくさんある。『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』の九段目「山科閑居(やましなかんきょ)」を一段語りたい。『先代萩』も8分目までやって、あと2分、3分で(ほかの大夫と)代わる。やれるんやけど、千秋楽まで持つかどうか、無事に勤められたらええのになあ、とそればっかり思います。お医者さんに仕事が健康法になってると言われました」と、腹から大きな声を出しているのが健康につながっている。「今のうちにこの作品を語ってください」と要望されることも多い。
「通し狂言やら珍しい出し物を語る時は、語り納めかなと思いますけど、『御殿』とかは、よう出る演目」と、気負いはない。その自然な語りは年齢を感じさせない。
インタビュー・文/前田 みつ恵 撮影/八木 洋一
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