KENSYO>歌舞伎・文楽インタビュー バックナンバー
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KENSYO vol.90
太夫竹本 住大夫
Sumitayu Takemoto
みなさんに支えられて、 ここまで来れたと思っています。
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竹本 住大夫(たけもと すみたゆう)
七世。1924年10月28日、大阪に生まれる。 '46年4月、二世豊竹古靱大夫(のちの山城少掾)に入門、豊竹古住大夫を名乗る。同年8月、四ツ橋文楽座「勧進帳」の番卒で初舞台。'60年1月、九世竹本文字大夫を襲名。 '85年4月、住大夫を襲名。'89年5月、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。'02年日本芸術院会員、'05年文化功労者。 '87年紫綬褒章、'94年勲四等旭日小綬賞叙勲、 '98年恩賜賞及び日本芸術院賞、2008年フランス芸術文化勲章コマンドゥールなど受賞多数。 |
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今年一月、・奇跡の復活・を遂げた。脳梗塞で倒れたのは昨年夏のことだった。当時、八十七歳という高齢。もう一度、舞台に復帰してくれるのか。あの滋味にじむ浄瑠璃を再び聴くことはできるのだろうか。誰もが祈るような気持ちで待ち続けた半年間。
しかし住大夫は、並の人間ではなかった。苦しい厳しいリハビリを克服し、人々の願いに応えるように、一月三日、大阪・国立文楽劇場の舞台に帰ってきたのだ。
それ豊秋津州の大日本…。厳かに「寿式三番叟」を語り始めると、場内は水を打ったように静まり、語り終えた途端、嵐のような拍手がわき起こった。
「うれしかったなあ。特に復帰初日のあの拍手は生涯忘れられません。胸が詰まるようやった。家族もお医者さんも弟子も、そしてファンの方々も、みなさんに支えられてここまで来れたと思っています」。そのときのことを思い出したのであろう。ふいに声が震え、涙がにじんだ。
「この年で、舞台に立たせていただくことは結構なことやけど、うれしい半面、いつも自分では不本意。下腹に力が入れへんからもう一押しがでけまへん。歯がゆいなあ」
とはいうものの、この夏の大阪・国立文楽劇場「夏休み特別公演」では、『夏祭浪花鑑』の『釣船三婦内の段』の・切・を勤め、徳兵衛女房・お辰のきっぷと色気を存分に語った。
「この世界に入って七十年近くやってきたので、体から自然に出てくるもんがあるのかもしれへんなあ」と感慨深い表情。
千秋楽。語り終わって舞台からおりてきた住大夫を、お辰を遣っていた人間国宝、吉田簑助が出迎え、手を握り合った。
「彼も十四年前、脳出血からリハビリで復帰した。病人同士、お互いよう頑張ったなという握手やった。僕も彼も何も言わへんかったけど、心でわかった」
しみじみとした情愛に満ちた語りで、人間の心情をきめ細やかに描き上げる。それは、歴史上の人物でも、遠い昔の人々でもなく、我々のすぐ隣にいる人間の喜怒哀楽を映し出しているようだ。
特に、「時代世話」と呼ばれるジャンルに絶妙の味を発揮する。
「時代世話」とは、武士や貴族が登場し歴史的な出来事を描いた「時代物」と、町人社会のドラマを描いた「世話物」がないまぜになった場面で、『仮名手本忠臣蔵』の六段目『早野勘平腹切の段』や『双蝶々曲輪日記』の『引窓』、『義経千本桜』の『すしや』など。いずれも、歴史上の事件の渦に否応なく巻き込まれた庶民の悲劇を描いているが、格式の中に・世話・があり難易度の高い語りが要求される。
「昔、ファンの方に、『師匠の語る場面の舞台はいつもあまりいい家じゃないですね。あばら屋が多い』と言われたことがありましたけど、ほんまにそうやなあ。金ぴかの御殿とかは似合いまへん」
その「時代世話」のなかでも、住大夫の真骨頂といえるのが、九月の東京・国立劇場、十一月の大阪・国立文楽劇場で上演される通し狂言『伊賀越道中双六』より、平作と十兵衛の親子の情愛を描いた「千本松原の段」。「作品がええから、みんな泣いてくれはる。泣いてくれなかったら、こっちが悪い」ときっぱり。
「出てくる人物がみな好きでんねん。でもその人物になりきったらあきまへん。一歩手前で転換せな、いかん。自分が泣いたらあきまへん。自分が泣いたらお客さんが泣いてくれまへん。嘘をまことに語らなあきまへん。そこに浄瑠璃の醍醐味がある」
今年は義太夫節を創始した初代竹本義太夫の三百回忌。人形浄瑠璃文楽座では力を合わせて四天王寺境内などにある偉大な先人たちの墓石や石碑の修復を行なった。
「記念すべき年に、きちんと修復ができたことは結構なことやと思っています。偉大な芸術を残してくれはった先輩達のお墓を守っていくことは、大切なつとめです」
つねに感謝の気持ちを忘れない。そんな住大夫の人間味が浄瑠璃に自然に表れているのであろう。
今後さらに前人未踏の芸境を歩んでいく住大夫。「さあ、体がどこまで続くかわかりまへんけど、お客さんの拍手を聞くと、明日、頑張ろうと思います」
温かな笑顔が広がった。
インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/墫 怜治
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