KENSYO
vol.137
尾上
菊之助
改め
八代目
尾上
菊五郎
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尾上
丑之助改め
六代目
尾上
菊之助
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八代目
尾上 菊五郎
(おのえ きくごろう)
音羽屋。昭和52(1977)年生まれ。昭和59(1984)年2月歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で初舞台。
平成8(1996)年5月歌舞伎座『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助ほかで五代目尾上菊之助を襲名。
立役では『梅雨小袖昔八丈』の髪結新三など、女方では『伽羅先代萩』の政岡など、
歌舞伎の古典の名作で高い評価を得る一方、平成17(2005)年7月歌舞伎座『NINAGAWA十二夜』で
シェイクスピア作品に挑み、同作は平成21年(2009)年3月英国バービカンシアターでも上演された。
その後も、『極付印度伝マハーバーラタ戦記』『風の谷のナウシカ』『ファイナルファンタジーX』
などの新作にも次々と取り組んでいる。
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六代目
尾上 菊之助
(おのえ きくのすけ)
音羽屋。平成25(2013)年生まれ。
平成28(2016)年5月歌舞伎座『勢獅子音羽花籠』で寺嶋和史の名で初お目見得。
令和元(2019)年5月歌舞伎座『絵本牛若丸』の牛若丸で七代目尾上丑之助を名のり初舞台。
近年では、令和5(2023)年11月歌舞伎座『極付印度伝マハーバーラタ戦記』の
我斗風鬼写・ガネーシャ、令和6(2024)年3月歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」の松王一子小太郎、
5月歌舞伎座『伽羅先代萩』の一子千松など、その活躍はめざましい。 |
音羽屋 二代の襲名披露
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気品ある馥郁とした美しさ。
「伝統と革新」を双肩に今春、歌舞伎の歴史と未来を背負って生きる八代目尾上菊五郎が誕生した。
菊五郎の名跡は江戸時代から約三百年続く歌舞伎界の大名跡。江戸歌舞伎を象徴する名前でもある。
四月二十九日、歌舞伎座で行われた「古式顔寄せ手打式」
をもって、長く名乗っていた菊之助から八代目菊五郎を襲名、同時に長男の丑之助さんが六代目菊之助を襲名した。
舞台に歌舞伎俳優ら約百人が黒紋付袴姿で居並んだ手打式は壮観で、「菊五郎の重き名跡を相続いたしました。なお一層、芸道精進に励み、
先祖の名に恥じぬよう努力していく覚悟でございます」と新・菊五郎さんが述べると、襲名に寄せる期待の大きさを物語るように盛大な拍手がわき起こった。
襲名の話が持ち上がったのは二年前。
八代目菊五郎さんが魂を込めて作り上げた新作歌舞伎「ファイナルファンタジー]」が大成功のうちに千穐楽を終えた日、実家に報告に行ったところ、
父の七代目菊五郎さんから突然、「お前、継げよ」と言われたという。
「驚きました。父は健在でしたので私もまだまだ菊之助の名跡を守らせていただこうと思っていましたから。
父に『名前はどうされるのですか』と伺ったところ、『このままでいく』と。父は菊五郎の名前で全うすることを選びました。
私も八代目として襲名させていただくことを決心いたしました」。
ここに史上初めて、同時代に七代目菊五郎、八代目菊五郎と、二人の菊五郎が並び立つこととなった。
「『継げよ』ということは『いままで祖父(七代目尾上梅幸)やおれの芸を見てきただろ』ということだと思っています。
その上でお前はどういうふうに名前を大きくするんだと。責任を託された気持ちです」。
新・菊之助さんにも襲名の話は突然だった。「父は十八歳で菊之助を襲名していますので自分も高校生ぐらいかなと思っていました。
でも祖父に見守ってもらえるなかで襲名できるのはこのタイミングしかないので、一緒に頑張ろうと父に言われて決意しました」。
父子同時襲名披露公演は五月、六月の歌舞伎座に始まり、七月の大阪松竹座、十月の名古屋・御園座、十二月の京都・南座…と続く。
人気歌舞伎俳優の大名跡襲名にふさわしい一大イベントである。
近年の八代目菊五郎さんの活躍は目覚ましい。
「髪結新三(かみゆいしんざ)」「魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)」をはじめ
代々の音羽屋が得意とする江戸の世話物では人物描写や江戸の匂いを磨き上げ、
「俊寛(しゅんかん)」の俊寛僧都や「寺子屋(てらこや)」の松王丸のような義太夫狂言の時代物にも新境地を開拓、
「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」の玉手御前など女形の芸にも一層の深みを見せる。
一方で、「風の谷のナウシカ」や「ファイナルファンタジー]」のようなアニメやゲームをもとにした新作歌舞伎も創造。
古典芸能に興味のなかった若い層の目を歌舞伎に向けた功績は大きい。
「伝統と革新」。これこそ、令和の新・菊五郎さんが掲げるテーマであり、代々の音羽屋が築き上げてきた精神でもあろう。
襲名が決まってから改めて初代から代々の菊五郎の功績を見つめ直したという。
「初代さんは女方からスタートし、後に時代物の立役の役どころも当たり役にされ、一代で菊五郎という名前を大きくされました。
また、五代目さん、六代目さんをはじめ歴代の菊五郎は伝統と革新の両輪をなしてこられた。
私も菊五郎を継いだからにはその灯を絶やすことなく、古典の魅力を伝えられる役者になりたいと願っています。
また、代々の菊五郎のように後世に残る作品を作り上げ、先人たちに顔向けができる役者になれるよう芸を磨き続けていきたいと思っています」。
八代目の思いは新・菊之助さんにも受け継がれている。
「世話物や時代物、立役、女方、新作歌舞伎にも挑戦していきたいですし、父のように幅広く役を演じられるようになりたいです」。
七月(5日〜24日)、大阪松竹座での襲名披露狂言は音羽屋ゆかりの演目が並んだ。
昼の部は、六代目菊之助が吉原の愛らしい禿を勤める「羽根(はね)の禿(かむろ)」、
八代目菊五郎が願人坊主を勤める「うかれ坊主」の舞踊二題を親子で連続して踊る。
「六代目(菊五郎)が二役を演じていますので親子でリレーで勤めたいと思いました」。
「髪結新三」は五代目菊五郎が初演、歴代の音羽屋が大事にしてきた演目だ。
「父の新三に憧れました。父が勤めると江戸の風が吹くというか、役の人物がそこにいる感じなんです。
江戸の人たちの暮らしぶりや人情を大阪のお客さまに感じていただければうれしいですね」。
夜の部では襲名披露の「口上」とともに、音羽屋の家の芸である新古演劇十種から「土蜘(つちぐも)」を勤める。
前半は怪しげな比叡山の僧智籌(ちちゅう)、後半は人間を襲う土蜘の精となる。
「新古演劇十種は人ならざるものがテーマです。今後、このなかから、現在上演されていない作品を復活していきたいと思っています。
その際は現代に復活する意味を考え、そうならざるを得なかった者の悲しみに思いを馳せ、
どこかで現代の私たちの救いになるような作品を作り上げることができればと考えています」。
襲名を機に菊之助さんの成長がうれしいとも話す。
「名前を継ぐというのは日本の伝統のいい側面。
先人が大きくしてきた名前に自分もそうならなければという心構えを持つことで心も体も成長してきたように思いますね。
歌舞伎が好きという、いまの気持ちを大事にし続けてほしい」。
そう話す父の隣で、「父のお稽古はとても厳しいです。しっかり教えてくれるから厳しくなるのだと思います。
役に入る前に、その作品がどういう物語なのかなどいろんな話をしてくれますし、役の気持ちを二人で話し合ったりします」といい、
「父の勤めた役では『髪結新三』や『盛綱陣屋(もりつなじんや)』が大好きなので、いつか勤めさせていただきたいです」と凛々しく抱負を語る。
八代目自身は「これまで演じてきた役どころを演じ重ね、自在に演じられるところまで型をやり込まなければ。命の輝きを舞台で表現したいですね」
と力を込めた。
襲名公演は続く。「二人でいい襲名にしたいと思っています」。そう言ってパッと父親の顔に戻った。
「いい気分転換をしようね」と語りかけると、菊之助さんが「二人でごはんにいきたい」。
「昨日も行ってきたよね」と笑い合う二人に、歌舞伎の輝かしい未来が重なった。
インタビュー・文/亀岡 典子 撮影/後藤 鐵郎
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